法話に集まる若者たち 親鸞会・既存真宗に反旗

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真宗王国と新宗教「蓮如さん今を歩む」 (北国新聞社 平成8年初版発行)
第一部 世は乱れ法もなく−法話に集まる若者たち
北国新聞社編集局編

「本願寺の老船は速やかに爆沈すべきです」

 壇上に並んだ真冬の扇風機が、むんむんする会場の熱気を象徴していた平成八年一月二十八日、JR米原駅前の滋賀県立文化産業交流会館は、石川、富山など全国各地から集まった四千人近い人々で埋まった。富山県小杉町に本部を置く「浄土真宗親鸞会」の法話会である。

 会場には二、三十代の若い顔も目立つ。あふれた人たちは廊下にまで正座し、この日の主役を待ちわびたやがて彼らの崇敬を一身に集める会長の高森顕徹氏(六六)が登壇した。

 壇上には仏壇を挟んで親鸞と蓮如の像が掲げられ、二人の思想と行動を信奉する親鸞会の基本姿勢が強調される。二人の像の間に高森会長が座ると、会場は静まり返り、張り詰めた空気が漂った。間合いを計るように、高森会長が蓮如の「御文章(御文)」をしみじみと口ずさむ。

「あわれあわれ、存命のうちに皆々信心決定あれかしと、朝夕おもいはんべりまことに宿善まかせとはいいながら、述懐のこころ、しばらくも止むことなし」

 それは「参詣者」の信心が定まるよう念じ、自らの信心を伝えたいという高森会長のメッセージでもあった。法話に入ると、高森会長は親鸞の教えを中心にユーモアを交えて語った。一時間四十五分の法話中、参詣者は正座のまま一言も聞き漏らすまいと演壇を凝視し続けた。

 高森会長は氷見市の浄土真宗本願寺派(西本願寺)の寺に生まれた。龍谷大卒業後、西本願寺に反旗を翻し、昭和二十七年、「徹信会」を結成、三十三年にこれを親鸞会と改めた。著書「こんなことが知りたい」が当時の思いを伝える。

「若い世代や心ある現代人に見捨てられた現今の本願寺は沈没寸前の老朽船です。それどころか親鸞聖人や蓮如上人の御教えをネジ曲げ、真実の仏法を破壊している本願寺の老船は速やかに爆沈すべきです」

 すさまじい東西本願寺批判のエネルギーが親鸞会の原動力であることは疑う余地がない。北陸を拠点に全国、さらにはブラジル、米国など海外にも布教戦線を拡大し、現在では会員十万人を超えるとも言われる。真宗から生まれた親鸞会は、誕生後四十年近くたつ今なお真宗教団を激しく揺さぶり続けている。

 親鸞会の集会は親鸞の「正信偈」などを唱えるお勤めや法話から成り、特に真宗と変わらない。だが、日曜ごとに全国各地で開催される高森会長の法話会は常に満員の盛況である。大学生など若者が詰めかけるのも真宗では見られぬ光景だった。

 金沢から参加した柴裕二親鸞会石川本部長は周囲を見渡して語った。

「真宗がこれだけ若者を集めるのは、蓮如上人以降なかったこと。念仏はお年寄りだけのものではない。方法次第では若者を引き付けることを証明したのが親鸞会だ」

 柴さん自身、大学在学中の十四年前に入会し、現在は布教活動の先頭に立つ「専任講師(現講師部)」の一人である。

「加賀、越中、能登、越後、信濃、出羽、奥州、七ケ国よりかの門徒中、この当山(吉崎)へ参詣し群衆せしむるよし、そのきこえかくれなし……」

 吉崎御坊(福井県金津町)に押し寄せる門徒の勢いに自ら感嘆した蓮如の言葉である。当時の民衆は乱世の不安や苦しみから、救いを蓮如に求めた。高森会長のもとにはせ参じる現代の親鸞会員、とりわけ若者たちは一体何を得ようとするのか。

「絶対の幸福」求める青年――「とびっきりの教えを命をかけて伝えたい」

 太平洋戦争中、若くして生死の問題に直面した学生たちの間には、浄土真宗の祖親鸞の純粋な思想と人間性に傾倒した者が多かったとされる。だが、表向き平和で豊かな今日、満ち足りた若者たちが次々と浄土真宗親鸞会(本部・富山県小杉町)に身を投じ、遊ぶ時間も惜しんで熱烈な布教活動に向かうのはなぜか。

 平成八年一月二十八日、滋賀県米原町で開かれた親鸞会の法話会で、一人の二十代女性会員が演壇に立って自らの体験を語った。広島県生まれの彼女は少女時代、何であれ自分を完全燃焼できる道を探し求めた。テレビで活躍する歌手、岡田有希子にあこがれて芸能界入りを志願し、オーディションも受けた。

 ところが、高校の入学式の前日、大好きなアイドルが衝撃の飛び降り自殺を敢行する。

「死を目の前に、まぶしかった芸能界も色あせて見えた。絶対壊れない真実を知りたいと思った……」

 高校では芥川竜之介と太宰治の小説を読みふけったが、二人の人生から得た解答はやはり「自殺」でしかなかった。そして立教大に進んだ彼女は、親鸞会の法話会で高森顕徹会長と出会い、ようやく人生の目的は「絶対の幸福」を手に入れることだと悟ったという。

 高森会長が言う「絶対の幸福」とは何か。それは地位、財産、健康などと違って、絶対に壊れたり、悲しみや苦しみに転化しない幸福。すなわち死という最悪の事態に直面しても変わらぬ安心、満足の境地に入ることだとされる。

 女性会員は、法話会における「信仰告白」の最後を、みじんの疑いも感じさせずに締めくくった。

「親鸞学徒の使命を思い、飛びっ切りの教えを命をかけて全人類に伝えたい!」

 アイドル歌手から芥川、太宰を経て親鸞にたどり着いた女性会員の青春遍歴は確かに異色だが、若い親鸞会員が大なり小なり経験する道でもある。彼らはいまどきの若者には珍しく、突き詰めて考える習慣を持っている。

「人は何のために生きるか」
「生とは何か。そして死とは」

 米原町の法話会で若者たちの名札を見る限りでも、金大、富大はもとより、京大、阪大や関西有名私大の学生が多数参加している。オウム真理教の場合などと根本的に違うのは、生まじめなエリートたちが、現代をにぎわす超能力や神秘主義を求めず、はるかな時を経た親鸞や蓮如の思想を選んだ点である。

 北陸の真宗門徒の耳になじんだ「蓮如さん」という親しげな呼び方も、親鸞会ではあまり聞かれない。若者たちが信奉するのは、あくまでも最大の親鸞学徒としての「蓮如上人」なのであろう。

 多くの若者を親鸞会に導く力が何か、外部からはうかがい知れないものがある。ただ、確かなのは、親鸞会が高森会長を親鸞の教えの正しい継承者と位置づけていること。そして若者たちが文字に書かれた親鸞、蓮如の教えだけでは満足せず、高森会長の肉声を通じて初めて法悦に浸るという事実である。

 世間にはそれほど知られていない高森会長だが、一種の強烈な「磁力」を放つ人物であることは間違いない。この師の前でこそ「絶対の幸福」を共有できるというのであろうか。高森会長の教えに浸る若い会員たちは、俗世を超越したかのような雰囲気を漂わせていた。

「破邪」唱え本願寺と対決――摩擦を布教活動のエネルギーに

 中世のキリスト教世界では、教会内の異端者はイスラム教徒より厳しく糾弾されたと言われる。蓮如の北陸布教でも、根っからの他宗より、蓮如が「異端」と断じた浄土真宗他派との抗争の方が激烈だった。

 そうした「宗教戦争」を経て築かれた真宗王国に今日、蓮如以降、絶えてなかった真宗内の鋭い対立図式が存在する。その中心人物は浄土真宗親鸞会(本部・富山県小杉町)生みの親、高森顕徹会長である。

 昭和四年、氷見市の浄土真宗本願寺派(西本願寺)の末寺に生まれた高森会長は龍谷大卒業後、「死線を越えて」と書いた腕章を巻いて辻説法に立ち、本願寺批判を展開した。自ら親鸞会を結成し、本願寺派僧籍離脱に至る行動の第一歩だった。

「全人類の救われるたった一本の道である阿弥陀仏の御本願を破壊し、全人類を奈落の底へ突き堕としているのが現今の本願寺ではありませんか」(高森氏著「こんなことが知りたい」より)

 高森会長が本願寺を批判する理由はさまざまである。東西本願寺が巨大な納骨堂を建てて金もうけを競っているという耳慣れた指摘もあれば、蓮如の教えに背いて「南無阿弥陀仏」の名号ではなく木像を本尊にしているという問題もある。

 いずれにせよ本願寺を沈没寸前の老朽船にたとえる高森会長は、「破邪顕正」―邪教を打破して正教を顕彰する―を親鸞会の運動論とし、本願寺を「破邪」の最大目標に据えた。それは蓮如以降、自他共に許す本願寺の金城湯池北陸に生じた公然たる「反乱」だった。

 昭和五十五年、親鸞会は西本願寺と激突した。本願寺派の刊行物に親鸞会を独善的とする批判論文が掲載されたのが契機だった。親鸞会会員が京都の西本願寺境内で抗議集会を開き、座り込んだ。北陸の本願寺派寺院でも論戦が交わされた。

 教義論争の一例を挙げれば、蓮如が「御文章(御文)」で繰り返した「後生の一大事」について、親鸞会は明快な解釈を突き付けた。

「一切の人は死んだら必ず無間地獄におちる一大事を指す」

 近代真宗教学の大勢とは異なり、高森会長が死後の世界を強調したことは、親鸞会の会員に切迫した宗教的使命感を抱かせたとされる。親鸞会の場合、本願寺との相違を明確にすることによって生まれる摩擦は、そのまま布教活動のエネルギーに転化してゆく感さえある。平成八年一月二十八日、滋賀県米原町で開かれた法話会でも、若い会員が本願寺を「葬式仏教」と批判した。

 こうした親鸞会の挑戦に対し、東西本願寺は努めて平静を保ってきた。親鸞会批判を表立って口にする関係者は少ないが、中には高岡市内のある西本願寺系住職のような指摘も存在する。

「本願寺を外から批判されるのは自由だが、おのれ独り正しいという前提で、他を非難攻撃する姿勢は宗教者としていかがか……」

 むろん、本願寺が呼び掛けても振り向かない若者を動かした点で、親鸞会が与えた内心の衝撃は決して小さくない。真宗王国の内部で孤立をいとわず、今や無視できない勢力に成長した親鸞会は、今後も変わらぬ激しさで巨大教団本願寺に挑み続けていくのであろうか。

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